日本郷土資料保存協会

団体の概要

日本郷土資料保存協会とは

 日本郷土資料保存協会は、破棄、消滅の危機に陥っている多くの郷土資料や史料の保存を促進するために、それら資料の情報の一元管理、保管、移管、電子化等についてのワンストップの相談窓口となるべく、歴史系の研究者らを中心に設立された協会です。郷土資料、歴史資料(史料)とは、国立国会図書館など大規模な都市の図書館ではなく、各地方で保管されており、希少でありながらもその認知や活用が進んでいない資料などを指します。これらの資料は価値が低いと見做されがちであり、その歴史的重要性や地域的価値にも関わらず、破棄、消滅の憂き目にあっております。
 なぜ、郷土資料、史料などを保存する必要があるのでしょうか。それらは読み手も多くなく、死蔵されており、何の価値もないのではないでしょうか。そうではありません。郷土資料、史料などは、その参照回数や活用、認知が少ない場合であっても、その地域の特徴的な文化や歴史、広く言えば地域のアイデンティティが詰まっている資料であります。ある地域の特性や独自の文化、生活様式などは、外部から来た者が一見しただけでは、その価値を理解することは難しいでしょう。しかし、その地域の気候や自然資源、それらに適応した人々の歴史的背景、そこに生きる人々がどこからきて、どこへ去ったのか、そして何より、そこでの生活の積み重ねにより、どのようなことを見て、聞いて、感じるのか。そのようなことを学ぶことで、外部の人間も、その地域の特性や独自の文化を理解し、その価値を認めることができるのです。そのようなこと(地域の歴史や地域に住んで感じること)を外部の人が学び、理解し、認めるためには、資料の存在が欠かせません。それは文章や詩など、文字で書かれたものはもちろん、絵画や楽譜、工作物などあらゆるものが、学びや理解のための導きとなるのです。そしてそのことは、外部の人に対してだけでなく、その地域のうちにいる人々、地域の内部の人々が、自分の地域はどのような地域であり、自分はどのような地域の特殊性、独自性の上に立脚しているのか、平たく言えば地域性を理解するためにも重要なのです。
 自分の地域のことを外部の人に理解してもらうこと、あるいは外部者としての自分が他の地域について理解すること。これは、ただ歴史に精通する、旅の雑談に長ける、というような意義において必要なわけではありません。地域についての理解は、私たちが日々会っている人々、あるいは直接には知らないけれども経済や交通によってつながりのある人々、その人たちの背景や多様性を理解するという意味において、自分が知らないそれぞれの地域のことを理解し、自分の背景となる地域についても理解してもらう、それにより自他の差異や多様さについて理解を深めるという意義があるのです。すなわち、ある地域の特性や独自の文化を理解するということは、そこに住み、生活する人々を理解するということです。その人の話す言葉、食べるもの、感じること、そのようなことを少しずつ知っていくことで、その人に対する理解と、平和的な関係の構築が進むのです。さらに、自分の地域が普遍的ではないこと、つまり、他の地域を自分の地域と同じ前提の上で扱うことはできないということは、まずもって自分の生活している地域がどのような地域であるか、自分が立脚している地域性がどのようなものであるかを理解する必要があります。自分が前提としている地域のもつ特殊性というものを相対化し、他の地域と比較することではじめて、相手と対等な立場で相互理解を進めることができます。さもなければ、自分の地域で当たり前であることが、相手の地域では当たり前でない、というそのことだけで、相手を批判するような結果になってしまうかもしれません。あらゆる地域で異なる特殊な文化や歴史などがあり、自分の地域の当たり前はほかの地域では当たり前ではないということ、そして自分の地域の当たり前、相手の地域の当たり前、どちらも同じように尊重されなければならないということ、そのことは、相手の地域のことを知るだけでなく、無意識のうちに自分の価値判断や生活様式における前提としている自分の地域のことも、改めて知ることが必要です。郷土資料や史料は、その地域にいる人々が当然としていることなどについて、改めて文字などの表現の形をとって示しています。これらを改めて読むことで、自分の地域、ひいては自分自身のもつ様々な文化や常識観について、相対的に(つまり、いったん自分と引き離し、客観的に)捉えることが可能になるのです。
 他方で、地域の問題は差別や排除の問題と切り離すことはできません。その地域の特性については、他人に知られなければ差別されることもない、という地域もあるでしょう。それについては、研究者の立場から付言したいと思いますが、その地域が差別され、排除される理由は、まさにその地域の歴史的背景を知らなければ明らかにならないし、それを明らかにして人々の誤った差別的認識を取り除かなければ、その差別や排除を克服することができない、と私たちは考えています。また、差別を行う側の認識も、その地域の研究によって改めて相対化されなければなりません。あらゆる地域に多様な文化があります。自分の地域の文化の特殊性に目を向ければ、他の文化の特殊性を普遍的な立場から批判することは、およそできることではありません。どのような動植物を狩り、食すのかということ。あるいは、どのような職業に携わり、どのように社会的活動に組み入れられているのかということ。それらのことには、それぞれの地域において差異が存在します。あらゆる価値判断というのは、必然的にある地域的な特殊性と結びついています。ゆえに、「普遍的見地からある地域に下された価値の貴賤」というのは存在するべくもありません。しかし、各地域の持つ特殊個別的な価値観によって、それに貴か賤かの価値が与えられ、ある地域が、その地域の文化や特殊性を貶められる場合があります。そのときに地域は、その文化の正当性と独自性、そしてその価値を主張しなければ、つまりその地域の地域としての権利と立場を主張しなければなりません。そこで必要となるのが、郷土資料、史料であるわけです。
 余談ですが、日本において人々の平等を担保している憲法14条は、興味深いことに、地域的空間的な平等については触れられておりません。これは、日本が単一の地域であるという仮定のもとに書かれた条文であるからでありましょうが、実際は日本は多民族多文化を包含した国家であり、各々の地域の文化と多様性を尊重し、その平等を目指し、自由が尊重されるべきものでなくてはなりません。そして、日本にいる一億人以上の人々、そして世界にいる70億以上の人々に対し、自らの地域の文化と多様性を発信するためには、やはり郷土の資料こそが、その手段ということになります。
 以上の理由から、当協会は破棄、消滅の危機に陥っている多くの郷土資料や史料の保存を促進する活動を行っていくものであります。

 

日本郷土資料保存協会設立の動機

 地方図書館の改修で郷土資料が捨てられている。そんなニュースをみかけたのがきっかけで、僕はあるブログ記事を書きました。僕は研究でたくさんの郷土資料を参照し、その価値の非常に高いことを感じていたので、これらが行政側の事情で無碍に捨てられてしまうことを看過できなかったのです。
 そうしたところ、大変多くの人から反応をいただきました(記事の追記のとおり)。政策や研究など、すでに多くの取り組みがなされているということが、しろうとの僕にもよくわかったわけです。しかし、ならばなぜ、資料の保管や電子化がすすんでいないのだろう?

 僕はある論文で、スウェーデン、イギリス、ロシア等々の文献に当たりましたが、すべてスキャン&OCRつきの電子化がなされており、感銘を受けたものです。日本の資料もそうあるべきではないのか。なぜ、そうなっていないのか。
 それは、日本の文化的水準の低さもさることながら、その問題に取り組み、前へと推し進める力が弱いからではないか。そういう人が少ないからではないか。ならば、いろいろと情報提供も受けたことであるし、まずは自分で取り組んでみることだ。そう思って立ち上げたのが、この団体です。

会の概要

名称
日本郷土資料保存協会 Association of Japan Local Archives Preservation (JALAP)
会員
1名
設立
2015年1月19日
賛同者
数名
スポンサー
なし

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